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葛布の着物

江戸時代、葛布は公家の装束、武士の装束でした。
直垂、裃、道中合羽(道中着)、火事羽織、陣羽織、狩衣などに使われました。
明治維新後、公家の洋装化、武士階級の消滅で葛布は装束として姿を消します。
 その後、輸出用の壁紙として形を変えて行きます。近年は掛け軸、ハンドバッグ、暖簾などに使われています。
しかし、大井川葛布では そもそも葛布は「着る物」「纏う物」であったことから、もう一度葛布を着る物として作りたい、残したいと考える様になりました。
 

Kudzu-fu Kimono    

In the Edo period, Kudzu-fu  was a royal family costume and samurai costume.
Kudzu-fu was used for HItatare, travering coat, fire haori, JIN BAORI over armer coat , and KARIGINU  for Priest and  Nobility
After the Meiji Restoration, the public class became westernized in Japan.
The samurai class is gone. Therefore, they no longer wear kudzu fu.
After that, the locality produced Kudzu-fu as wallpaper and exported it to the United States and Europe.
Kudzu-fu producers have since made handbags, wallets, curtains and shades.
However, we at Oigawa Kudzu-fu  knew that Kudzu-fu was something to wear in the first place.
So, once again, we started making it as a thing to wear.
 

葛布着物 磐座 いわくら

Kudzu-fu Kimono  IwaKura

磐座 いわくら

 私たちの工房の西には粟が岳という山がある。そこの山頂付近には大きな岩がつらなる磐座がある。古代人が神が降りてくる場所と信じて祭ったところだ。
 此の粟が岳は昔、阿波忌部がこの地に来訪し、この山を神の依り代として祭った。粟=阿波である。 また、山頂の神社は阿波波神社もあり、そこでは阿波比売命を祭っている。この山の周りは葛布の産地や、葛の採取場所があるので
阿波忌部と葛布のつながりも想像される。
 この作品は粟が岳の巨大岩遺跡群に触発されてつくったものである。
 

 

経糸は工房で栽培した和綿を糸に紡いだもの
緯糸は葛の平糸 どちらも地元産である。
染めは琉球藍 阿仙薬 紫根 他 いろいろな色を使っている。
 

 

葛布着物 磐座 いわくら
経糸:手紡和綿
緯糸:手績み葛平糸
染め:琉球藍 阿仙薬(カテキュー) 紫根
制作:大井川葛布工房