掘る時
葛根を掘るには冬10月葉の黄ばみたる時より掘り始め、春正二月頃葉
を出るまでをときとして掘るなり。
山家の農家は麦を蒔きしまいて後春までの稼ぎとするなり。
葛の根を掘る事
ここに図する道具を持ち、山に入り、蔓をよく見極めて掘るに習いあり。
しかれどもいたって見分けがたきものなり。
雌葛、雄葛、姥葛(姥葛というは大和の土人つけたる名なり)と三通り
あり。
雌雄は実あれども姥葛には粉なし。
両手にて葛を掘りみれば女男は潤いあり。これ根太く葛粉あり。
潤い薄きは根も痩せて粉少なしと知るべし。
掘るには根を鍬にて切らざるように脇より土をかきのけて、掘るべし。
又掘る心得あり。
葛根の蔓付きの所より粉なし。
細く自然に中太くあるは粉あり。
又粉のなき根のある続きに粉のある根あるものなり。
又根に少し鎌をいれて見れば粉のあるは白き乳汁の如き出るなり。
粉なきは出ず。
深山谷山などにて掘るときはかまいなかれども若し掘る所の下は往還か
住家にてもあるところにて掘るに、その根のさしいりたる上に大きなる
石などあるは多くその石を掘り起こして外へ転がし根を掘りとることあ
り。
その石を心なく転がし落とすときは往来を塞ぎ人家を損なうことあり。
その折には、石の入るべき程の穴を掘りて、その穴の中へ石を転がし入
るべし。
葛は農家の夫食(ぶじき)または飢饉の時もっぱら掘るものなれば九州
にてはその所により人の持ち山多村の野山たりとも葛を掘るには咎むる
ものなし。
又堀たる跡はそのままにて少々畑中に石を掘りいるれども、作物に害か
ければ咎むることなし。
淳朴のならわし、尊ぶべし。
中国かみがた辺にては他領多村に入りて掘ることを禁ずるよし。
そのくに処に定法あるべし。
葛根も年によりて豊凶あり。
豊年という年は一人にて一日掘りて製し干しあげたる灰葛(いまだ曝さ
ざる白葛を灰葛ととなふ)八升に当たるという。
極凶年といへる年には三四升くらい。
中の年には四升より六升くらい。
豊凶均して六升くらいに当たるものなり。
灰葛一升にて山にての売り値段は六十文ぐらい。
黒葛一日堀の手前にて百文内外はあるものなり
掘りとりたる跡にて葛根の茎付に根を三寸ほどつけ、その跡へのこし植
えおかば又三年目には元の大きさの根に成長するものなり。
この三年目のものを第一よろしきものとす。(幾年たちたる根にても葛
粉は同じことなり。根の太きは赤子ぐらいあるものあり。大きなるほど
正味多し。又伊豆の深山にては六寸廻り位なる蔓あるらし。きけり、こ
れは上古より掘りたることなければ定めて人身くらいの根あるべし。)
葛の蔓は蕃薯ばんしょ(一名甘藷和名さつまいも又琉球芋九州にてはた
ういもという事あり)同様にて根に近き方の蔓の節を二節つみて切り、
少し湿気の土に蔓の節をさしおけば節より根を生じて追々下へ差し入
り、三四年目には掘りとるようになるものなり。
又葛の実をとり、まきて苗をこしらえ植うるも値なり。
まず苗床をこしらえ糞水をうち乾かしおき、鍬にて土を和らげ実をま
き、上より砂土をふりかけおけば追々芽を出し一寸くらいに伸び出たる
をよく見れば二葉あり、又一葉あり。
一葉は雄、二葉は雌と見分くるなり。
最早一尺にも伸びては雌雄甚だ見分けがたし。
雌の方実多し。
根を掘らざる所にても草ある処の野山には蔓を植え置きその葉を刈りて
牛馬の飼とするなり。
好んで喰ふ事大豆の葉に同じ。
又肥やしにもなり。山人は葉を木の葉に交ぜて刻み、干して煙草のかわ
りに呑むこととぞ。
蔓は刈りて葛布を製し、芯はさらして葛簾とす。
まことに少しもすてる事なく、めでたき有益のものなり。
葛製法(くずこしらえかた)
前日堀りかえりたる根を、その夜か又は翌日に製すべし。
幾日もおくべからず。
先土をよくこそげ落とすべし。
水にて洗えば正味減ずるとて洗わざる処あり。
又洗う所もあり。
さて、面の平らかなる石をその家の庭にすえ、その上に根をのせ家内三
人あらば三人打寄り、槌をもてたたきほしぐをねんごろにして、たたき
終わりて桶の中にいれ、又水を入れ、手にてもめば水は灰色となり根は
苧すさの如き筋となるなり。
これを絞り上げて灰色に濁りたる水をいうき(関東にてはざると言う
九州にてはそうけと言う)にて漉して外の桶にいれ、いうきに残りたる
筋の切れ切れと皮の落ちたるは取り捨て、しばらく置けば桶の底に砂た
まるなり。
上の濁り水を別の桶にいれ、砂は取りのけ別の桶のふちに竹簾を置き木
綿袋をのせ、その中に濁り水を汲み込み口をしっかりとくくり、豆腐を
絞る如くして絞れば濁り水は桶に落ち、糟は袋に残るなり。
袋の中に残りたる細かなる糟と初め取り除きたるすさの如き筋と日に干
し置き、荒きすさの如きなるは竃の下の焚き付けとなし、細かなるは目
の粗き水嚢にて通し、飯を焚くに煮え上がりたる時少しづつ入れて焚き
上げ交じれば黒き色の飯となるなり。
尤も壱号入るれば米弐合にもあたりて糧となるものなり。
この糟を九州にてハカンニイといえり。
又は貯えおきて飢饉の手当にもなし或は麦の粉米の粉の団子の中に交ぜ
てもよし。
さて除きおきたる黒葛は灰葛同様に灰にて乾かし干しあげて貯えてよし。
多くはそのときに生で蒲鉾の如く固めて厚さ二歩くらいに切りてゆで、
塩に付け又は醤油味噌など付けて夕餉のかわりに食するなり。
一日の堀分にて混ぜ物をすれば三四人一度に食する程はあるものなり。
又は豆の粉砂糖などをまぶし食すれば白葛にてこしらえたるより香気あ
りて美味なり。
しかし、少し土臭き気味あり。
トップに戻る